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安倍首相は器が小さいのか

 安倍首相がSNSで朝日新聞を批判した内容に関して、賛同する意見や『これが一国の総理の言動か?』、『何かもう人として小さ過ぎて』と非難の意見も寄せられている。 安倍首相は2月5日の衆院予算委員会で、この報道の件に触れ「裏取りをしない記事は記事とは言えない」と朝日新聞を批判。同紙が翌6日の朝刊で一連の報道経緯を振り返ると、自民党の和田政宗参院議員が同6日、フェイスブックの個人用アカウントで《謝れない朝日新聞》と投稿した。これに安倍首相が《哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした。》とコメントをしたのだ。 (出典: まいじつ )  個人的に安倍晋三という人は少々短気なところがあって、そういう意味では人として小さい部分があるかなとも思うが、こういう意見表明を行うこと自体には何ら問題がないと考える。むしろ意見表明はどんどんすべきだ。国会の審議は野党と閣僚を除く与党議員から政府へという一方向の質疑応答であって、基本的に質問への応答以上の意見表明はできない仕組みになっている。ではぶら下がり含む会見等で意見表明をすればすべからく報道されるかというとそういうこともない。特にメディアに対する批判等は当事者以外のメディアも基本的に黙殺する談合体質がある。  従って、首相含む閣僚が意見表明を直接国民に届けたいと思えばSNSを使って発信するのが最も早く効果的だ。市井の人間はSNSでの発信であれメディアの報道であれそれをきちんと精査した上で、安倍晋三という人が一国の首相としての器でないと思うなら有権者が選挙で落とせば良い。  また、批判されたメディアはどんな意見表明や反論をされようとも、自己の主張が正しいと思うなら堂々と貫けば良いし、それが市井の人間はそれが誤りだと判断したらそれを買わないようにすればいい。かつて戦中の反省に立つならば、この程度の権力側からのリアクション如きに怯むようなメディアならむしろ言論界から退場していただきたい。  以上の点を踏まえて、ただし権力者がやってはならないのは言論に対して行政権を使った直接的圧力を加え、それを封殺してしまうことだ。それさえなければ、朝日新聞と安倍首相は言論空間においてすきなだけ殴り合いをすればいい。むしろやるべきだと思う。