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『キチガイ』という言葉

テレビ番組等で『キチガイ』という表現があると、即座に「不適切な表現がありました」と訂正が入るシーンをたまに見かける。これっておかしくないだろうか? 発言者が例えば精神疾患を抱えた人を指して『キチガイ』と発言したならばそれは確かに不適切だろう。しかし、例えば大阪府池田市の小学校に乱入して8人の児童を刺殺した宅間守や、秋葉原の歩行者天国に大型車で突っ込んで更にナイフで歩行者を次々と刺した加藤智大のような奴らを『キチガイ』と呼称して何が悪いのか。逆にこいつらを『精神疾患者』と言い直したら、むしろそちらのほうが何ら犯罪と無縁な精神疾患者に対して失礼ではないだろうか。 確かにマスコミの表現に関して一定の自発的なルールはあって然るべきだと思うが、本来の意図を忘れた単なる言葉狩りは逆に事の本質を不鮮明にし、ともすれば逆にそれ自体が不適切な事になっていないだろうか。

安倍首相は器が小さいのか

 安倍首相がSNSで朝日新聞を批判した内容に関して、賛同する意見や『これが一国の総理の言動か?』、『何かもう人として小さ過ぎて』と非難の意見も寄せられている。 安倍首相は2月5日の衆院予算委員会で、この報道の件に触れ「裏取りをしない記事は記事とは言えない」と朝日新聞を批判。同紙が翌6日の朝刊で一連の報道経緯を振り返ると、自民党の和田政宗参院議員が同6日、フェイスブックの個人用アカウントで《謝れない朝日新聞》と投稿した。これに安倍首相が《哀れですね。朝日らしい惨めな言い訳。予想通りでした。》とコメントをしたのだ。 (出典: まいじつ )  個人的に安倍晋三という人は少々短気なところがあって、そういう意味では人として小さい部分があるかなとも思うが、こういう意見表明を行うこと自体には何ら問題がないと考える。むしろ意見表明はどんどんすべきだ。国会の審議は野党と閣僚を除く与党議員から政府へという一方向の質疑応答であって、基本的に質問への応答以上の意見表明はできない仕組みになっている。ではぶら下がり含む会見等で意見表明をすればすべからく報道されるかというとそういうこともない。特にメディアに対する批判等は当事者以外のメディアも基本的に黙殺する談合体質がある。  従って、首相含む閣僚が意見表明を直接国民に届けたいと思えばSNSを使って発信するのが最も早く効果的だ。市井の人間はSNSでの発信であれメディアの報道であれそれをきちんと精査した上で、安倍晋三という人が一国の首相としての器でないと思うなら有権者が選挙で落とせば良い。  また、批判されたメディアはどんな意見表明や反論をされようとも、自己の主張が正しいと思うなら堂々と貫けば良いし、それが市井の人間はそれが誤りだと判断したらそれを買わないようにすればいい。かつて戦中の反省に立つならば、この程度の権力側からのリアクション如きに怯むようなメディアならむしろ言論界から退場していただきたい。  以上の点を踏まえて、ただし権力者がやってはならないのは言論に対して行政権を使った直接的圧力を加え、それを封殺してしまうことだ。それさえなければ、朝日新聞と安倍首相は言論空間においてすきなだけ殴り合いをすればいい。むしろやるべきだと思う。

憲法改正に反対する人々

 憲法九条は素晴らしいもので、これがあるから日本は平和でいられると信じ、特にメディアにて憲法改正に反対している人々にいちど聞いてみたい。 「貴方はアメリカ合衆国の憲法条文をいくつ知ってる?ドイツ憲法は?フランスは?中国は?」  おそらく外国の憲法なんてろくに知らないのではないだろうか?知っていたとしてもアメリカの修正第二条がせいぜいではないだろうか。(修正第二条は銃を持つ権利を保証する条文)  日本人が外国の憲法をろくに知らないのと同じように、外国人もおそらく日本の憲法条文なんて知らないだろう。そんな憲法九条を金科玉条のごとく崇め奉ってそれに日本が守られているとか本気で信じているとしたら、どれだけ脳天気なんだか。  ちなみに、多少なりとも平和や軍隊に関して明確な条文は、ざっと調べた感じでは中華人民共和国憲法にのみ見つけることができた。 第29条 中華人民共和国の武装力は、人民に属する。その任務は、国防を強固にし、侵略に抵抗し、祖国を防衛し、人民の平和な労働を守り、国家建設の事業に参加し、人民のために奉仕することに努めることである。 国家は、武装力の革命化、現代化並びに正規化による建設を強化し、国防力を増強する。 (出典: 恋する中国 )

こんな外務大臣

 カナダ・バンクーバーで16日に開かれた北朝鮮に関する外相会合に関する報道の中で、河野太郎外務大臣が「竹島は日本固有の領土」とか「(慰安婦問題に関しては)合意で最終的かつ不可逆的な解決を確認した。日本にさらなる措置を求めるのは全く受け入れられない。」とか、非常にまっとうな発言をしていると報じられている。  大臣就任の際に『父親がアレだから息子もアレだろうな』とか勝手に思ってほんとゴメンナサイって感じ。

公益資本主義とはなんぞ?

自民党議員の有志は今月にも、「公益資本主義議員連盟」を設立する。 ( gooニュース )  欧米型でもなく中国型でもない第三の資本主義が「公益資本主義」らしい。欧米型の企業とは、株主(資本家)の利益を優先する為に短期的利益を追い求めるものであり、中国型の企業は要するに国営企業。そのどちらでもない公益資本主義による企業概念は、株主や従業員、顧客、地域社会全体の利益を追求することでみんなで幸せになりましょうという考え方なのかなと理解している。つまりそれって旧来の日本型企業のあり方なのかなと。何となくそういう理解で考えると、明治期の『会社』を藩(大名家)のつまり『家中』の延長線上の『社中』と呼んでいた頃の企業理念に立ち戻れということだろうか。  理念としては素晴らしいのかもしれないが、それが今日のグローバルな経済社会においても成立しうるのなら結構なことだと思うけど、どうなんだろうか。
小野寺防衛大臣「アメリカの若者が命懸けで日本を守る中、日本の若者はこたつでテレビ」( netgeek ) おっしゃることはごもっともだと思うけど、それなら国産戦闘機を作ろうが原子力空母を持とうが、日本の軍備に関してアメリカに文句は言わせないという事もしてもらわないと。自律していくという方向性自体は正しいことだと思うけど。

首相公邸で私的な会合

『私人』という立場にありながら、首相公邸で私的な会合を開くのならば、公私混同と言わざるを得ません。(出典: エキサイトニュース ) ゲンダイは以前に『首相は公邸に住むべき』って論を書いていた。その論でいくのなら、公邸で私的などんちゃん騒ぎなりなんなりすることに対してとやかく言うのはおかしい。官邸は確かに公務の場だが、公邸はあくまでプライベート空間なのだから、よっぽど公序良俗に反するようなことでもなければ、いちいちとやかく言うのはおかしい。そこに税金が使われているんだから云々といいだすなら、『首相に公邸に住め』なんて言うなという話。 記者が安倍首相や安倍昭恵夫人が嫌いなんだろうなということはよく伝わった。